古の峠道の絶景地で新しい人の往来をつむぐ|佐藤浩二さん(舟形町地域おこし協力隊)

佐藤さんは「人たらし」かもしれない。もちろん良い意味で。
コミュニケーション能力が高く、優しい声と安心感のあるトークでスッと距離を縮めてしまう。インタビューに帯同していた金山町の地域おこし協力隊員の川村さんとは、あれよあれよとその月に共同イベントを開催することで話が決まってしまった。佐藤さんが惚れ込み活動のメインフィールドに据える猿羽根山地蔵堂に、川村さんが協力隊活動として取り組む移動式書店「かぷりば」が出張出店して開催するコラボイベントだ。
この「人たらし」さが彼の武器なのかも?そんな佐藤さんがどんな活動をされているのか、これからの展望も含めてお話しを伺いました。

猿羽根山地蔵堂の境内でお話しを伺いました

舟形町の地域おこし協力隊になられるまでの経緯を教えてください。

埼玉の城西大学に新設された地域イノベーション学科で学んだんですが、新卒で就職はしたものの、そこを2週間で辞めてしまいました。

(なんでですか?)

なんか違うなと思って。本当に俺はこれがやりたかったのかなって思ってしまって。

暮らしも仕事も、これからずーっと続けていくイメージが湧かなかったんですよね。まだ若いんだから、色んなものを見てから決めようかなってふと思ってしまって。辞めるんだったら早い方がいいかなって。

(辞めるって思ったのはいつ頃?)

1週間経った頃。

俺、サラリーマン生活って合わないかもなと思ったのと、もうちょっと世間を知ってから色々考えるべきだったなって思ったんですよね。それで、日本全国を旅して周ったんですよ。3週間目ぐらいでお金が尽きてしまったので仙台に帰りましたけど。

仙台に帰って来て最初に勤めた旅行会社は、東日本大震災の影響もあって1年ほどで働けなくなってしまいました。やべ、また無職になっちゃったと思ったんですが、まだ若いから色々できるなとも思って。で、ハローワークに行ったりネットで色々調べたりしてたらゼンリンって地図会社が中途採用してたんですよね。地図を見るのが好きだったので応募したら採用してもらって、そこで12年働きました。

(今度は続きましたね。佐藤さんに合ってたんですね?)

合ってましたね。合ってたんですけど、毎年同じことの繰り返しなんで飽きてくるんですよね。それで、11年目の時にキャンプを趣味にして、日本全国キャンプして周るようになりました。

それで、舟形の若あゆ温泉に来た時にとあるおばあちゃんと出会ったんです。その時も一人でぼんやり椅子に座ってボーっとしてたら、グランドゴルフをしに来ていたおばあちゃんが声をかけてくださって、「どこから来たの?なんかあんた暗い顔してるけど?」って。

(優しいおばあちゃん!)

それで、今こんな感じで、もう会社辞めようと思ってるんですとか言ってたら、「これ食え」とかって言って西瓜をくれたんですよ。その時はまだコロナ禍で、人との交流も減少していたなかですごい人の優しさに飢えてた時期だったというのもあるんですが、こんな優しい人っているんだって思っちゃって。

で、この町のためになんかしたいって思っちゃって、この町で働くにはどうすればいいんだろうと調べたら、地域おこし協力隊っていう制度があるっていうのを初めて知って。

それで舟形に来ました。

(ようやくたどり着きましたね!)

実はもうひとつ、静岡県掛川市の協力隊も受かってたんですよ。

掛川もすごい好きな町で、新幹線も止まるし前から住んでみたいなと思ってて、舟形と同じようなミッションで募集してたんですよね。でも、舟形でおばあちゃんに会ったしなって思って。

だから、人によっては「これをしにこの町に来ました」って熱く語る人もいるじゃないですか?でも自分の場合は理由が結構単純で、なかなかこういう隊員もいないんじゃないかなって思っちゃいます。

(いや、素敵だと思いますよ!)

ホントですか!西瓜のおばあちゃんとはまだ再会を果たせてないんですが、あの出会いがきっかけで、この町のために何かしたいなこの町で働きたいなって思うようになったんですよね。直感ですね。

地蔵堂から見下ろす最上川と田園の風景

舟形町が募集していた際の地域おこし協力隊のミッションを教えてください

観光ですね。

ざっくりした感じで観光ってテーマがあるだけで、観光で町を盛り上げる方を募集中って。でも、国内旅行業務取扱管理者の資格を持っている方に限定されていました。ゼンリンに勤めているうちに取得していたので、あっ、俺のことじゃんって。もういいじゃん!って思いました。

(舟形町では、協力隊の任期3年間をどのように活動して欲しいかって方針があるんですか?)

私が言われたのは、役場としては、1年目は町の中を見て地域のことを知ってもらって、2年目は町の観光資源を使った新規のイベントとかツアーを開催してもらって、3年目で最上郡内を盛り上げるような取組みに繋げて欲しいっていうことでした。

舟形だけだと旅行は完結できないだろうから、1年目から舟形に限らず最上郡内の色んな人と出会って関係を広げていってくださいって言ってもらったんですよね。なので、本当にあちこち出かけては色んな人に会わせてもらいました。

それで2年目でようやくイベントを開くようになったんですが、基本的に1か月に1回はイベントをやりたいと考えています。

(どんなイベントを開催されているんですか?)

6月はここ(猿羽根山)で座禅と蕎麦のイベント、7月はフレンチレストランのラ・テールさんでヨガのイベント、8月は土砂崩れで流れてしまって、9月はまたここで本とおやつのイベントを開催しました。10月は協力隊仲間の藍染体験とカレーのイベントを開催しますし、先ほど決まった金山舟形コラボの本とおやつのイベントも開催しますよ!

猿羽根山で開催したイベント「旅と本とおやつと」の様子

主に猿羽根山を会場としたイベントを企画されています。佐藤さんがここに惹かれる理由は何ですか?

まず景色がとってもいいですよね。仙台から出店してくれた本屋さんも、宮城の利府町から出店してくれたベーグル屋さんも、場所が良いからと来てくださいました。

その本屋さんがインスタグラムでここの写真を取り上げてくださったんですけど、そうしたらある方から私にメッセージが届きまして、「そんな素敵な環境なら私も何かやりたいです」って。それくらい人を惹きつける魅力がある場所だと思います。

地蔵堂堂主の梅津良元さんも加わりお話しを伺いました

(猿羽根山の地蔵堂ってどういう場所だったんですか?)

ここは昔の羽州街道で、トンネルがない時代は必ず通った峠道だったそうです。住所も「境の峰」というくらいで、ここのお地蔵さんで一休みして、交通安全のお参りをしてからその先に向かったような場所ですね。昔は芭蕉も歩いたかもしれません。

(昔から人が集まる場所だったんですね?)

今も、ここにいると「こんな人も来るの!?」っていう人と出会えたりしますね。

それに、川村さんじゃないけど、こういうイベントをやりましょうみたいな話にもなったりするのですが、そうしたことを受け入れてくださる堂主の良元さんの懐の深さも魅力です!

(猿羽根山と良元さんにはいつ出会ったんですか?)

舟形に来て1週間目に一度訪ねているんですけど、そんなに親しくはなってなかったんです。それが11月くらいかな、良元さんから「うちにご飯食べにおいでよ」って誘ってもらったんです。「11月でそば屋が冬季閉鎖になるし、今はお店も忙しくないから、佐藤君とちょっとしゃべってみたいから」って。

それで遊びに行ったら高校が一緒とか色んな共通点があるのも分かって、仲良くなって。「どんなこと考えてるの?」って聞いてくださったので、イベントやりたくって今計画してますって答えたら、「俺も座禅のイベントをやってみたいんだよね」って教えてくれて。

で、座禅だけのイベントだとなかなか参加者が集まらないと思ったし、仙台の人って山形に蕎麦を食べに来るじゃないですか。だったら蕎麦のイベントと組み合わせたらどうですかって提案して、インスタグラムも使って告知したらすぐに10人の定員が埋まったんですよ。

(すごいですね!)

すぐに埋まったら、良元さんも「すごいじゃん!」って喜んでくれて。それから色々ここでこういう企画をしようみたいな話をするようになりました。

あと、役場の見る目も変わったように思います。平日火曜日のイベントだったんですが、「人集まんないよ」って言われてたのが、「猿羽根山の平日に満杯にするのはすごいね」って。

9月に開催した本とおやつのイベントには63人もお客様が来てくださって、思いのほか沢山売れたので「こんなに売れるとは!」って本屋さんも驚かれていました。

舟形町に馴染んでいくにあたって気をつけたこととか、工夫したこととかありますか?

来て最初の3カ月は、ずーっと一人で、協力隊員もいないし相談するひともいなかったんですよね。

それに舟形は協力隊がいなかった時期が長かったので、「協力隊で町に来ました佐藤です」って挨拶に行っても、「協力隊ってなんだよ?」みたいな人も多くて、これは大変だぞって。

そんな難しさを感じながらですが、それでも色んな人に会いにいきましたね。
それこそ何回も通って、車で通るたびに元気ですか?って顔出したりしてたら、そのうちご飯食べにおいでって誘われるようになりました。週末に一緒に遊びに行こうって誘てくれる人も出てきて、半年ぐらい経った頃からどんどん周りから良くしてもらえるようになって舟形での生活もすごい楽しくなりました。

(どんな人に会いに行ったんですか?)

本当にあらゆる人に会いに行きました。

最初に地域おこし協力隊のインスタグラムを立ち上げて、それを口実に色んな人に会いに行きました。
まずは商店巡りをして、お店の紹介とか売っている特別なものの紹介をインスタグラムで発信したりとか。

(自分の足で稼いだんですね)

そうです。紹介してくれる人が誰もいなかったので。

そうやっているうちに黄色いビニールハウスを見つけて突撃したんです。黄色いビニールハウスってないじゃないですか?

そしたらそのビニールハウスでは小野さんという方が食用菊を栽培されているのが分かったんですが、最初は「何だぁお前?」とか「地域おこし協力隊ってなんだそれ?」とかそんな感じでした。

それでも車で通るたびに「小野さーん」って声掛けしていたらどんどん話をしてくださるようになって、希少な「ことぶき」っていう品種の菊を栽培されていて、なんと県内シェアが9割を超えていることとか、果ては利益がどれだけあるってことまで教えてくれるほど仲良くなりました。

(どんな菊なんですか?)

山形の代表的な食用菊の「もってのほか」に比べてものすごく大きい、黄色の菊で、味も濃いように思います。香りもすごくいいんですよ。

有名な料亭にも普通に出されているし、JALの機内誌とかそういうメディアにも何回も紹介されてるそうです。

(しかし利益の話までしてくれるって、よっぽど佐藤さんは信頼されてるんですね?)

小野さん、本当にやる気がある後継者を探しているみたいです。

それにやっぱりそうやって何回も通うことで、「この子なら」って思ってくれて、色々教えてくれるようになったんだと思います。

(そうやって色んな所に突撃できたのはなんでですか?元々得意だったんですか?)

やるしかなかったからできたんですよ。

全然得意じゃなかったし、誰も教えてくれないから自分の足で稼ぐしかないですよね。躊躇してる場合じゃなかったですから。

佐藤さんにとって舟形町はどんな町ですか?

人が温かい町ですね。

最初はなんか冷たいなと思ったんですが、来て半年経ったあたりから休みの日にご飯に誘ってくれるようになったり、野菜もってけとか、新米できたから取りにおいでとか言ってくれるようになって。ホントお金かからなくて。

お米も買ったことないし、色んな農家さんから「佐藤さん、是非うちのお米食べてみて」って、お裾分けをいただいています。

っていうことを余所の協力隊の人に言うと、「そんなことないよ」って言うんですよね。

(なかなかないことだと思います。佐藤さんのコミュニケーションの力じゃないかな?)

町に溶け込めたっていうことでいいんですかね。

このあいだ任期の半分に到達したので、今までお世話になったところに「ようやく1年半経ちました」って会いに行ったんですよ。
そしたら「あと1年半しかいないの?」って言われて。「絶対残るんだよ」とか「佐藤さんがいなくなったら嫌だ」とかって。ほんと有難いですし、やっぱり温かい町だなって思いますよね。

あと、舟形はとにかくお米が美味しいです。こっちに来て6キロ太りました!

3年間の任期修了後については現時点でどのように考えていらっしゃいますか?

そうですね。猿羽根山で定期的にイベントをしつつ、でもそれだけじゃ食べていけないでしょうから、少し考えてることもあるのですがそれがダメになってもアルバイトでもして、舟形に住み続けたいなとは思っています。

もちろん収入を確保するのは簡単じゃないですし、住まいをどうするかといった問題もあるので、課題が解決できればにはなりますが。

(移住を考えている人や移住してきたばかりの方に対して、佐藤さんだったら舟形町のどこを見て欲しいですか?)

もちろん猿羽根山ですね。

仙台の人でも、舟形のマッシュルームや若あゆ温泉のことはなんとなくでも知っている人はいます。でも、ここはまず知られていない。

知られていないのですが、ここに案内すると、素敵なそば屋もあるし景色もめっちゃ綺麗だし、2時間くらい滞在していく人もいるくらいで、本当に良い場所だなぁって思います。もっと広めたいですね。

「さばね山そば」の窓外の景色

編集後記

取材中も、地蔵堂には参拝や観光目的のお客様が数組訪れていて、静かな境内のなかをゆっくりと滞在されていたのが印象的でした。

佐藤さんが企画するイベントで猿羽根山を初めて訪ねたという人も増えたのではないかと思いますが、それは猿羽根山が持つ景観や情緒の魅力、イベントの企画力によるものだけでなく、佐藤さんと良元さんの醸し出す穏やかで温かみのある雰囲気もあってのことなのだろうなと思いました。

知っている人の誰もいない舟形町で、佐藤さんは、スッと人の懐に入る「人たらし」力を発揮して人の輪を広げたことで、住み続けたい町にすることができました。再会がかなっていないという西瓜をお裾分けしてくださったおばあちゃんとの出会いがきっかけで、この町のために何かしたいって思ったというエピソードも素敵ですね。町のために何かしたいっていう気持ちはまだご本人のなかで達成できていないと思われているかもしれませんが、気負わずとも、今後も周りの人たちとの輪を広げ仲を深めていく先に自然と結果が付いてくるのではと思いました。



佐藤 浩二さん

宮城県仙台市出身。2023年4月に舟形町に移住して地域おこし協力隊に着任。観光による町のにぎわい創出にチャレンジしている。


取材日:2024年10月1日
取材場所:猿羽根山地蔵堂境内
聞き手:梶村勢至
写真撮影:川村佳恵
写真提供:佐藤浩二

猿羽根山地蔵堂(GoogleMap)

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この記事を書いた人

最上暮らし連携推進員の梶村です。
滋賀県出身で真室川暮らしが11年目の移住者です。地域おこし協力隊の後輩と起業し、真室川町の移住推進業務に取り組むほか、2023年から町の食材にこだわった手づくりおはぎのお店も始めました。
季節ごとに山菜採りや渓流釣り、蛍狩り、雪板を楽しんでいます。

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