Uターンでかなえる、田舎でもできるコトと故郷にできるコト|佐藤育恵さん(真室川町地域おこし協力隊)

真室川町出身の佐藤育恵さんは高校卒業後に上京し、パティシエとして約20年間東京で働いてきました。ご家族と共に2024年9月に町にUターンし、以後、地域おこし協力隊員として活動されています。協力隊卒業後のお菓子屋さんの開業を目指して活動されている佐藤さんに、これまでの歩みや町への思い、そしてこれから描く未来について、お話をうかがいました。

佐藤育恵さん(撮影場所:まむろ川温泉梅里苑)

パティシエを目指したのは、いつ頃からですか

中学生の頃には、もうパティシエになりたいと思っていました。だから高校も、食べ物に関われる学校に行きたいと思って、山辺高校の食物科に進みました。そこで調理師免許を取りました。

高校では実習があって、お菓子屋さんで実習させてもらったんです。そこで実際にお店をやってる方に相談したら、「ちゃんと学びたいなら東京に行った方がいいよ」って言っていただいて。それで就職という形で東京に行きました。

お菓子作りは、小さい頃から好きだったんですか

はい、ずっと好きでした。小学生の頃からお菓子を作っていて、家族の誕生日ケーキも全部自分で作っていましたし、自分の誕生日ケーキも自分で作ってました(笑)

ただ、その頃は「将来お菓子屋さんになる」ってはっきり考えていたわけではなかったんです。

中学生の頃、ちょっとクラスの中で浮いていた時期があって、自分に自信もなかったし、勉強もスポーツも得意ではなかったんです。でも、お菓子作りだけはずっとやってきていたから、自分にもできることだと思えたし、それで人を喜ばせることができるんだって思った時に、「じゃあこの道に進もう」って思いました。

お菓子づくり体験教室での佐藤さん(釜淵保育所にて)

東京では、長年パティシエとして活躍されてきました

高校卒業してすぐ上京して、それからずっとパティシエとして働いてきました。洋菓子店だったり、ホテルだったり、いろんな現場で働いてきました。

忙しいし大変な仕事ではあったんですけど、それでもずっと続けてきたのは、やっぱりこの仕事が好きだったからだと思います。

ただ、年に一回帰省するたびに、真室川の景色が変わっていくのも見てきました。昔はもっと商店があったし、駅前にもお店がいろいろあったんです。帰ってくるたびに「あれがなくなった」「これも閉まった」っていうのをずっと見てきて、どんどん町が閑散としていくのが目に見えて分かりました。

真室川町に戻ろうと思ったきっかけを教えてください

もともと、生まれ故郷の真室川に戻ってくること自体は先に決めていたんです。地域おこし協力隊制度のことは、そのあとに知りました。

次女を出産したタイミングで、3か月くらい真室川に里帰りしていたんですけど、その時に、「あ、暮らせなくはないかも」って思ったんです。長女は都会でしか育っていなかったけど、一緒に過ごしてみて、田舎でも生活していく分には何とかなるかなって。もちろん実家は古いし、虫も多いし、いかにも田舎の農家の家なんですけど、それでも生きてはいけるなって思ったんです。なので、2021年の段階ではもう、地元に戻るっていうのは自分の中で固まっていたと思います。

その頃は戻ってきてすぐお菓子屋を開こうとまでは思ってなかったんですけど、地域のために何かやりたいっていう気持ちはずっとあって。そういう仕事ってないのかなって探していた時に東京で開催していた山形県の移住フェアに参加したのですが、そこで地域おこし協力隊っていう制度があるのを知ったんです。

まむろ川温泉梅里園内の「囲炉裏ラウンジ」でお話しを伺いました

ご家族での移住は、どんなふうに考えていたのでしょうか

旦那も私の帰省のタイミングで何回か真室川には来ていたんですけど、正直、この町のことをそんなによく知っていたわけではないんです。

今は車も乗れるし、自分でどこにでも行けるんですけど、当時はお互いペーパードライバーだったので、帰省してもレンタカーを借りてあちこち回ることもなくて。本当に実家の周りをちょっと見るくらいだったから、「真室川ってどんな町?」って言われたら、家の周りしか知らないよ、くらいの感覚だったと思います。

だから、Uターンしようってなった時も、旦那にとっては知り合いもいない土地に来るわけじゃないですか。すぐに「いいよ」って決まる話ではなくて、何年かかけてずっと話し合っていました。私もその時点では仕事も決まっていなかったし、どうやって移るのがいいのか、家族でずっと模索していた感じですね。 だからなおさら、真室川に来るっていうのは大きな決断だったと思います。

お子さんがいる中でのUターンは、迷いも大きかったのではないですか

そうですね。やっぱりひとりじゃないので。主人もそうだし、子どもたちもいるし。

上の子はもう小学校に入っていて、友達もできていたので、転校はやっぱり嫌がりました。いつ伝えるかとか、どうやって話すかとか、そういうことも含めて結構悩みましたね。

あと、コロナの時期のことも大きかったです。祖母が亡くなった時、お葬式にも出られなかったし、もう少し落ち着いたら会いに行こうって言っていたのに、その前に亡くなってしまって。すごくショックでした。やっぱり家族の近くにいないと、いざという時に何もできないんだなって思ったんです。

次女を出産した時も、病院の面会制限がすごく厳しくて、主人が子どもに会えたのはだいぶ後でした。そういう経験が重なって、やっぱり戻りたいなっていう気持ちが強くなりました。

現在の協力隊活動についても教えてください

今は、イベント出店をしたり、ヘクセンハウスのデザインコンテストを企画したり、保育園や中学校から依頼をいただいてお菓子づくり体験教室を開催したりしています。

ヘクセンハウス(Hexenhaus)とは、ドイツ語で「魔女の家」を意味し、グリム童話『ヘンゼルとグレーテル』に登場するお菓子でできた家を指します。主にクッキーやジンジャーブレッドで壁や屋根を作りアイシングやキャンディで飾る、ドイツやヨーロッパで親しまれているクリスマスの伝統的なお菓子の家です。
佐藤隊員は、真室川町内の小学生を対象に「理想のお菓子の家」のデザインを募集し、町民の投票により決定した優秀作1作品を実際にヘクセンハウスに仕上げて展示する活動を行っています。

中学校では職業体験みたいな形で呼んでいただいて、「パティシエの仕事ってこういうものだよ」っていう話をしながら、一緒に体験してもらったりもしています。

自分が子どもの頃、田舎って何もないし、東京みたいにいろんなことはできないって思っていたんです。だからこそ、今の子どもたちには「田舎でもこんなことができるよ」っていうのを見せたいなと思っています。

お菓子屋さんなんて無理だろうって自分でも思っていたくらいですから、もし同じように思ってる子がいたら諦めないで欲しいなっていう気持ちもあります。

佐藤さんが主催する「ヘクセンハウスデザインコンテスト」の様子(真室川中央公民館にて)

将来的には、どんなお店をつくりたいですか

最初は工房をつくって、オンライン販売中心でもいいかなと思っていたんです。でも、それだと地域の人から見ても外から見ても、「あの人何やってるんだろう」ってなりそうだなと思って。

それよりも、真室川に人を呼ぶきっかけになるような場所をつくりたいなって思うようになりました。やっぱり町の特色を伝えるのに、食べ物ってすごくわかりやすいと思うんです。

真室川っておいしいものはたくさんあるけれど、じゃあそれをどこで食べられるのかってなると、意外と少ないんですよね。外から来た人にとっては、保存食を買って帰って自分で調理することって結構ハードルが高いですし。

だから、目で見て、味わって、「真室川ってこういうところなんだ」って感じられる食べ物と場所があったらいいなと思っています。

洋菓子店として始めたい気持ちはあるんですけど、それだけじゃなくて、軽食も出せるようにしたいし、町内の人が普段食べているようなものも出せたらいいなと思っています。旅行に来た人にとっても、その土地のものをちゃんと食べられる場所があると、来た意味があると思うんです。

それに、ちょっと立ち寄ってゆっくりできる場所とか、簡単なワークショップができるスペースもあったらいいなと思っています。たとえば地域のお母さんたちが先生になって漬物の作り方を教えてくれたり、山菜採りに行った人が採ってきたものをそこで食べたり。そんなことができたら楽しいなって。

地域のイベントにも出店されていますが、どんな反応がありますか

地域の人には、「こういうお菓子、真室川になかったよね」って喜んでもらえることが多いですね。

イベント出店の様子

あと、出店するたびに毎回「お店はどこですか?」って聞かれるんです。一回の出店で何人かの方に聞かれるので、やっぱりお店があれば来てくれる人もいるのかなっていう印象があります。

そういう意味でも、出店を続けることには手応えを感じています。

最後に、佐藤さんにとって真室川はどんな場所ですか

高校を卒業してからずっといろんな場所を転々としてきたんですけど、ずっとどこかで、「最後に骨を埋めるならここかな」って思っていたんです。ちょっと重い言い方ですけど。

東京とか神奈川にいた時は、「ここじゃないんじゃないかな」っていう感覚がずっとあったんですよね。だから、真室川に戻ってきた今は、ここで最後まで生きていくつもりで、自分がやりたいことは悔いが残らないようにやっていきたいなと思っています。

どこまで叶うかは分からないですけど、思ったことはちゃんとやっていきたいです。

インタビューを終えて

佐藤さんのお話をうかがっていて印象的だったのは、Uターンが「地元に戻りたい」という気持ちだけで決まったものではなく、ご家族との長い話し合いや、コロナ禍での経験、子どもたちの暮らしまで含めて、時間をかけてたどり着いた選択だったことです。

また、佐藤さんが目指しているのは、単なる洋菓子店ではなく、真室川の食や人の営みが感じられる場所なのだということも伝わってきました。地元の食材を活かし、人が集い、地域のお母さんたちの知恵や暮らしもつながっていくような場をつくりたいという構想には、長年食の仕事に携わってきた佐藤さんならではの視点が詰まっているように思います。

「田舎だから無理」ではなく、「田舎でもできる」を自分が見せていきたい。そう語る佐藤さんの挑戦する姿が、とてもかっこよかったです!



佐藤 育恵さん

山形県真室川町出身。食物科のある県立高校を卒業後、上京し有名菓子店やホテルの製菓部門などで修業。約20年間パティシエとして経験を積んだ後、2024年に家族とともに真室川町にUターンし、地域おこし協力隊に着任。


取材日:2025年12月16日
取材場所:まむろ川温泉梅里苑
聞き手:川村佳恵
写真撮影:梶村勢至
写真提供:佐藤育恵

まむろ川温泉梅里苑(GoogleMap)


地域おこし協力隊インタビュー記事


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この記事を書いた人

金山町地域おこし協力隊の川村です!
岩手県盛岡市出身で、2024年4月に金山町に移住しました。地域おこし協力隊として、関係人口の創出に関わる事業をしており、「かぷりば」という屋号で本屋さんもしています。
金山の美しい街並みに癒されながら、読書や季節の美味しい食材を料理すること、冬はスキーを楽しんでいます。

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